獄中で死亡したロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏の妻、ユリヤさんが声明を発表する様子を、先日テレビで見た。その声明の中でユリヤさんは言う。夫が殺されたことで、自分は心身の半分を喪ったが、しかし、もう半分はまだ残っている。その残された半分が、決して諦めてはならないことを教えてくれる。自分は夫の活動を続ける、と。
この言葉を聞いた時〝この思いなのかもしれない〟と感じた。宗祖親鸞が、師・法然を喪った際の思いに通ずるものがあるのではないか、と。
私たちの認識としては、「真宗の宗祖は親鸞」である。しかし親鸞自身は、『顕浄土真実教行証文類(以下、教行信証)』に、「真宗興隆の大祖源空法師」(※源空=法然)と記している。「真宗の祖は法然だ」という。「正信偈」にも、「本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人 真宗教証興片州」(本師・源空は、仏教に明らかにして、善悪の凡夫人を憐愍せしむ。真宗の教証、片州に興す。)と述べられている。
しかし史実が示す通り、1207年、吉水教団は弾圧を受け、法然・親鸞をはじめ、何人もの念仏者が流罪あるいは死罪となる。親鸞の悲しさ悔しさは如何ほどのものであったことか。師弟共に罪に処せられ、僧籍も剥奪された。師とは、再び生きて会うことは叶わなかった。もはや帰るべき吉水教団もない。しかし。しかしまだ、この身は残っている。師・法然を縁として仏の教えを受けたこの身が、まだ残っている。
親鸞が晩年まで手を加え続けた『教行信証』執筆の動機が、「法然の教えが真実の仏法であることの証明」であることは、現在多くの研究によって明らかにされている通りである。
その『教行信証』執筆より800年。弾圧に屈しない思いの丈を、今も、昔も、叫び続ける人たちが、ここにいる。
『Network9(2024年4月号)より引用』田上 翼(茨城1組 一乘寺)