「オオカミ少年」(イソップ寓話)はなぜウソをついたのだろうか?ふと、そんなことを思い、子どもたちのウソについて考えてみました。ウソにはいくつかの種類があります。「空想や妄想の世界に入ってつくウソ」「怒られないためにつくウソ」「自分を大きく、良くみせたいためにつくウソ」でしょうか。空想の世界のウソは幼児期にはよくあることで、問題はないと教わったことがありますので、それ以外のウソについて考えました。
子どもはよくウソをつきます。時には、職員室で話を聞いてお説教することもあります。
こちらも真剣に聞き取ります。(職員室で尋問?と、恐ろしい想像をされるでしょうか?)これは、ウソをついた子に「ごめんなさい」を言わせることが目的ではありません。きちんと罪を罰することも目的ではありません。「二度と同じことはさせないため」というのとも少し違います。子どもですから何度でも同じようなことはしてしまうものです。
私がそこまで真剣になる理由は、例えばケンカの場合、本当のことを話して自分の中に「意地悪な気持ち」があったことを知ることが大事だと考えるからです。本当のことを話すと、叱られても清々しい気持ちになります。そして叱られても、「ちゃんと愛される」という事になんの影響もないという安心感を与えることも大切だと考えています。
『叱られる=嫌われる=愛されない』という心理が無意識に働いてしまうのではないでしょうか。皆、本当はいけない事だとわかっているのです。だからウソをついてしまうのです。【誰かのせいにしたり、ウソをついて自分を誤魔化したりしない】というお説教は「嘘をついたり、虚勢を張って自分を大きく良く見せようとする必要はありません、意地悪やいたずらをしてしまうけれど、あなたは十分いい子で愛されるのです」というところまで伝えたいという思いでしています。そこまでが役目だと思って今日もいたずらっ子を待ち構えます。
『Network9(2023年12月号)より引用』佐野 美和子(アソカ幼稚園 主任教諭)