歸命石と歸命石拓本【眞樂寺】
宝物(ほうもつ)【石碑】 境内にある歸命堂には親鸞聖人によって十字名号(歸命尽十方無碍光如来)と八字名号(南无不可思議光佛)が刻まれた「歸命石」と呼ばれる大きな石が伝わる。初代歸命石は堂宇下に埋められており、その複製と拓…
宝物(ほうもつ)【石碑】 境内にある歸命堂には親鸞聖人によって十字名号(歸命尽十方無碍光如来)と八字名号(南无不可思議光佛)が刻まれた「歸命石」と呼ばれる大きな石が伝わる。初代歸命石は堂宇下に埋められており、その複製と拓…
伝説【旧跡】 御勸堂は親鸞聖人の説かれる南無阿弥陀仏の教えを、当時の慣例では寺院参拝が出来ない立場であった数多くの民衆の為に、誰でも聞法出来るようにと、漁村の中に建てられた草庵である。別称壽教寺ともいう。 住所:小田原市…
像【像】 親鸞聖人は『一切経』校合の折に、当寺に7日間逗留。この像は鎌倉滞在中に自ら彫られたと伝えられ、阿弥陀如来像の袖には「善信」と刻まれ、花押が記されている。 住所:横浜市栄区長沼町636 お問い合わせ:TEL : …
像【像】 開山の道意(伊東祐光)は、『一切経』校合のため鎌倉に招かれた親鸞聖人に帰依し、「淳心房了源」と法名を授かり、聖人が鎌倉常盤に逗留の際には日々訪ねていた。聖徳太子像は聖人自作と伝えられている。 住所:横浜市栄区小…
像【像】 開基は、北条泰次(3代執権 北条泰時の子)。『一切経』校合の際に常盤の坊舎に招かれた親鸞聖人に拝謁し帰依。そのとき聖人より「成仏」の法名を授かるとともに、聖徳太子の尊像を授与された。 住所:鎌倉市小袋谷2-13…
像【像】 『新編相模国風土記稿』によると、大誓寺所蔵の聖徳太子像は「親鸞当村石室にて彫刻せし七躰の一なりと云う」と記述されている。しかし近年、1469年に造立されたものと判明。 住所:横浜市栄区小菅ヶ谷3-46-13 お…